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「なぜ」と自問しながら

ようやく正式に趣意書ができあがったので、サイトとここのブログへのアップ、さらにトラックバック送信に追われた。
今年は水俣病「公式確認」50年ということで報道も多く、それに言及しておられるブログも多かったので、こういう動きも知ってほしい、という思いもあった。

水俣病50年、といっても、患者さんにとって、病とつきあいながらの生活は、49年目も51年目も同様に続いていく。50年の節目に何が解決したかといえば、何もないと言わざるをえない。


一方、水俣病について「伝える」という意味では、今は、曲がり角にさしかかっている、と思う。1980年代、ひとり芝居を通じて全国津々浦々で水俣病について伝えてきた砂田さんは亡くなってすでに久しい。宇井純さん、石牟礼道子さん、土本典昭さんなど、水俣病患者さんと向き合い、世の中に伝えてきた方々も高齢になられた(石牟礼さんは、4月29日に東京で行われた記念講演会を体調不良のため欠席された)。

1970年前後の支援運動を担った若者たち(いわゆる団塊の世代にあたる)もまもなく60代になろうという今、その世代と、さらに下の世代が、「伝える」ことをつないでいかねばなるまい。

今、水俣病は教科書にも載り、子どもたちが学校で習うものになっている。しかし、教科書的な文章、知識だけでは、「伝えた」ことにはならない。患者さん自身のことばがいちばん重いのはもちろんのことだが、病をかかえ年老いていく患者さんがあちこち出向くことも難しい。

映画や写真、演劇などの表現には、少なくとも文字で伝わるものを補う力があるだろう。

「水俣病」が教えてくれるもの。それが奪い破壊したもの、奪われず破壊されなかったもの。そうしたものについて。


管理人のひとりごと | コメント(0) | トラックバック(0)2006/06/10(土)18:27

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